月下逍遥

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山崎あたり

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お茶のお稽古が早めに終わったので、志村ふくみさん の作品が展示されている 大山崎山荘へ、きれいなものが見たいなあ、と気持ちが動いて行ってきました。
天下分け目の天王山、です。
過日 ここらあたりで戦があって、、、、武者達がときの声をあげているような、そういうぼやけた映像が目の前にちらちら、するような不思議な感覚が湧いてきます。
史跡があちこちにあります。
ここは北国街道、なんですもの。
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美術館になっている山荘は 登山道の途中にあって。
アセビが もう咲いている。
うちのはまだ蕾だってあるかないか、冬枯れているのに。
そういえば梅ももう満開のものあって 暖かいのだなあ。
この山荘に訪れたのは三回目、かしら。
ほんとに素敵な佇まいと建物。

志村さんの作品は数が少なくて ちょっと期待外れ。 もうたくさん拝見しているからかしら。
それと 今回 初めて ガラスの中に入っている 布たちを見て なんだか冷え切っているみたい、悲しそう、と思ってしまいました。
着るもの ですもの。
血が通っていないわ。

今 空屋になっている両親の家に一月ぶりに 入ったときの あ、家が死んでる、と感じる あの感覚が蘇ってきます。
息をしていない。
一日 二日 過ごしていると少しずつ家が 息を吹き返すのを感じます。

布、ですが 地域の資料館のようなところにも 展示してあるものなど、古いのですが 今回みたいに、あ、死んでる、って感じたことはなく なんなんだろう、と気になります。
志村さんのもの、他の美術館で見たときも感じたことはありません。
商品、として置いてあったものをみたときもありません。(普通に売っていること、もあるのです)

ふと 今日見たのは 一度も誰も手を通したことのない きものたち だったのではないか、そのまま時間が過ぎてしまったのではないか、その布を 着るもの、として 用のものとして愛した人がいなかったのではないか、と考えてしまいました。
違うのだろうけど、そう感じてしまったものは いったいどこから 醸されていたのかなあ。

それに比べ 山荘は美術館としてたくさんの人を迎え 生き生きとしていました。
三度目ですが いつも 展示品、より この山荘そのものが 素敵 と感じてしまうのです。
こういうことって 他で感じたことないので なんだろうなあ、って首をかしげています。
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by fuko346 | 2015-02-27 01:15 | 展覧会 | Comments(2)
Commented by team-osubachi2 at 2015-02-28 17:08
大山崎山荘、だいぶ以前一回いったっきりですが、
「住んでみた〜い♡」と愉しませてもらいました。
志村さんの展示作品に感じられたことのあれこれ、興味深く読ませていただきました。
「物」って不思議ですよね。人の気配を吸うというのか、
人の気の在処を、物がおのれ自身の中に空けておいてくれるというか、
用途を持って生まれた物は、やっぱり人の気が入って(人の手で使われてこそ)完成するものなんだなあ〜と思わされます。
元の使い手の心意気って、確かに物に刻まれてますものね〜。
こちらでも銀座の十字屋ホールで明日まで展示会がありますが
体調整わずで断念で〜す。
ま、何度か拝見してるのでまたの機会でもいっか〜。
Commented by fuko346 at 2015-03-01 10:46
tomokoさま
ほんと ここは住みたい、と思わせるおうち、と景観です。
桜のときは 夢のようで、、、
拝見して感じたこと 私の目、の問題なのかもしれません。
私は 着るもの として作られたものに興味を覚えるの
かもしれません。
工芸展などで賞をとっているものも、きれいな布、でも
着てみたいな と感じないと なんか違う、と思って
しまいます。
あまのじゃく、、、笑