月下逍遥

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カテゴリ:おもいつれづれ( 34 )

どうして こんなに

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これは
ごはんを炊く お釜です
蓋もあります

上京のたび 少しずつ少しずつ 家の片づけをしています。
ここは 三階の物置。
足の踏み場もないほど 使わなくなったものが 押しこまれていて いやはや だったのですが 片づけを少ししたら こんなものが出てきました。
私には記憶がありません。
記憶はガス釜から だと思います。
いったい いつごろ使っていたのでしょう。

ということから おわかりのように なにからなにまで とってあります。
かつ なんでこんなに品物が必要なんだろうと思うほど 買い込んでいます。
片づけても 片づけても ものが 減ったように感じません。

山里の同居していた夫の両親のものも まだ半分くらい残っています。
一時 がーっとやったのですが あるとき力尽きて それからはぼちぼちしかしなくなったので 終わらないのでした。
で、四人分の 残したもの を ぼつぼつ そして 自分のものも ぼつぼつ あと数年ですっきりさせたい、とは思っているのでした。







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by fuko346 | 2017-04-04 13:35 | おもいつれづれ | Comments(2)

玄関開けると 壁

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くだんの東京の両親が住んでいた家のお隣。
一軒が四軒に建て替わっている状況 今回 ほぼ完成していました。
玄関 開けると このように壁、であります、とほほ。
実にぎりぎり 一階少しと 二階には 陽が当たるように設計されておりまして、文句はいえません。
が 谷間の家、になってしまったことは確実であります。
そうかあ こういうことが起きるのねえ、両親 これを見なくて良かったかも、とは思います。

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とまあ それだけではなんなので ご近所散歩。
都の広大な公園が広がっていて お散歩し放題 です。
芽だしの早い木は 枝先に色がぼやぼやと湧き出してきてはいますが 今年の春は寒くて まだまだ冬枯れています。
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そんな中にシャガが咲いていました。
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桜もまだまだ。
公園は花見の名所でもあり 昨日日曜日は 桜祭りが開かれていましたが、花の姿はなく さびしいお祭りになっていました。
これから気温が上がるようなので あさってくらいは満開になるでしょうか また お散歩に行ってみたいと思います。





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by fuko346 | 2017-04-03 11:26 | おもいつれづれ | Comments(2)

おばあさんの桐箪笥

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結婚するとき 叔母が 祖父母の家にあった 桐箪笥を洗いに出して きれいにして 持たせてくれた。
今頃 こんなものが張ってあるのに気が付く。
そう 痛んでいない。 もしかして 洗ったときに この紙も洗って貼りなおしたのだろうか、字がきえているところがある。
今でも このお店はあるのか、と検索してみたら 十一屋ビル というものがあるようだ。

父方の祖父は二度 妻を亡くし 私が会ったことのあるのは三度目の奥さん。(と 聞いている)
それも 子供のときで ほとんど記憶にないけれど 黒っぽいきものを 着ていたように覚えている。
この箪笥は彼女のものだったのだろうか、それとも、、、。
私は 一度目の奥さんによく似ているようだ。 これもだいぶ前だけど 法事のときに 「まあ *子さんにそっくり」と何人もの 親戚の女性たちに言われたことを思い出す。
父は母似 であるそうな。
で、私は 父に似ている。

一代 飛んではいるけれど、まあ 女三代の桐箪笥ということになる。
私の丈の長いきもの 二つ折では 入らないので これは 帯箪笥、として使っている。
まあ そこそこのものが びっしり 入っているわけで。
箪笥は 何思う。
まだまだ どこも痛んでいない 四代でも五代でも使えそうである。

母の桐箪笥もある。
あれも どうんかして こちらへ持ってこられないか、と考えているところ。

私のは こんなきもの狂いになるとは思っていたかったので よくある 上半分が桐の作りになっている箪笥 それもかなり大きなものなのだが、下半分の服を入れるようになっている部分も ぎっしり きもの、になってしまい、洋服は別に 押しのけられている。

母方の祖母も早くに亡くなっているので おばあちゃんとの記憶はほぼ 無い。
そうそう もちろん おじいちゃんとの記憶もほぼ無い。

無くても 私は ここにいる。
しんと 不思議な気持ちになるものである。






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by fuko346 | 2017-03-07 10:35 | おもいつれづれ | Comments(6)

子供のころから よく見る夢がありました。

どのような状況であれ 一人 取り残されて 哀しくて泣いていて 泣きながら目が覚めるのでした。
そういえば そういう夢を見なくなったのは何時ごろから かしら。
そんなに昔ではないような。

今朝 その類の夢を見ていて でも 状況は変わっていて、取り残されるのではなく そこにいるメンバーに 拒絶され 呆然とし、怒りが湧き上がってきて 、目が覚めてるような覚めていないような状況で 自分が その時に言い放つ言葉を考えているのでした。
たった一人取り残される のではなくて そんな人たちとはこちらから さようなら と決然と思っているのでした。

こういう類の夢は 初めて、のような気がして つらつら、と考えています。
折々、深いところからのメッセージ を夢からもらってきたように感じていますが、今回の夢も そう感じます。

こころの深いところで起こっていることを意識にあげて 自分なりの納得をしないと気が済まないたち なので、これはその行程の一つのきっかけと ありがたく思うことにしましょう。

今日も東京の空は蒼い ですねえ。




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by fuko346 | 2017-02-19 12:02 | おもいつれづれ | Comments(2)

土筆

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土筆を見つけました。
山里は まだまだ凍てついているであろうに、ここは もう 春、です。
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ここは 武蔵野の面影を残した 広大な都立の公園が近くにあり、それはとても気に入っているのです。
冬木立も なんとなく 枝先がざわめいているよう。

と ゆるゆる散歩をしているわけではなくて、市役所仕事で ぽくぽく歩いているのです。
郊外のこと 車は家人と一緒に帰ってしまったので足は無く そういうときは もう ぽくぽく歩くのでした。
バスを使うと 乗り換えて40分くらいはかかってしまうのですが 歩けば30分。
ええい 銀行行くのも 帰るのも バスを待つのはめんどうだ、と ぐるぐる回って ぽくぽく歩く。
ということで こちらでは とてもよく歩くのでした。
普段 歩いていないので 歩けるときは 意識して 歩くのでした。
ま 歩くの 好きなんです。

ところで 今回の上京の主目的は 母の四十九日と納骨。
そして 父の税金の申告です。(収入はこれしかありませんよ という証明のため)
三年目ですが 毎年 いうこと違うぞ。
それが終了したので 次は 相続にかかろうかとちょいと話を聞いたり書類をもらったりしています。
いやあ 両親のことでは いったいどれだけの書類を書いて ハンコを押したことでしょう。
お相手は官か 半官か 金融機関だったりするのですが 紙 もったいない、、、。
相続については もう相続税なんて ぜ~んぜんかんけいな~いくらいのものに、こんなに書類がいるの?
みなさん こんなこと なさっているのね。
手間がかかるようですが 経験として ぼつぼつ これも一人で完結させましょう。
お仕事は続く。



え、通帳も作らなくてはいけないの?




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by fuko346 | 2017-02-17 12:06 | おもいつれづれ | Comments(10)

更地

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東京の両親の家に来ています。
お向かいというか 隣 というか のおうちが取り壊され、すっかりと 更地になっていました。
あらまあ なんと 広々 がんがん 陽が当たります。
気持ちいいですねえ。
などと言っている場合ではなく、この一軒分といっても住宅と倉庫が二個も建っていた広い敷地ですので、すぐさま、四軒の家が建つそうです。
おわかりのように このあたりは ゆるやかな傾斜地になっており うちは 低い場所にあります。
それなのに前と後ろは盛り土をして 高くなっており 谷間の家のようになっていました。
なんだか ここ 前より盛り土が 高くなっているような、、、気が、、、。
ますます 谷間、、、?
どういうおうちを建てるのかしら。

こういう場合 役所にでも問い合わせて 少しでもこちらの条件の良いようにもっていくように相談したほうがいいのだろう、とは 思うのですが、その気力が出ません。
まあ ベランダに陽があたる程度のことは 考えてくれているだろう それに東側は 陽が当たるし、日照権とかいっても だめだろうなあ、とか。

其の反面黙っていたら いいようにされちゃうかしら、とか。

頭の痛いことが増えてしまいました。



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by fuko346 | 2016-10-18 11:59 | おもいつれづれ | Comments(0)

お墓のことなど

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「 ご隠居さん 蕎麦屋の昼酒は うまいねえ」
という話ではなく。
あっと ここは 美味しかったので再訪確実です。

お墓参り というよりは こちらの菩提寺の和尚さんにご挨拶に 子と一緒に行きました。
父が建立した お墓で 遠方であることもあって両親はここだいぶ長い間 ご無沙汰していたであろう、ということで、全権私が 何もかもすることになって 昨年から 伺っています。
父の両親 記憶はあまりないのですが 私の祖父母と姉と 叔父とその息子(従弟ね) 入っています。

子が 「みな いなくなりましたら 私が」 などと発言したので かなり 驚きます。
彼にとっては 母方のお墓で 責任があるわけでもないのですもの。
でも それで 和尚さんが 急に元気に対応しだしたのにも ちょっと 驚きます。

君、お寺のお付き合いの大変さを知らないので 気楽に 考えているな、と、「できることだけでいいのだから、最後は無縁さんになってもいいのだから」と 伝えておきます。
山里のお墓も 13代目の彼が ただ一人 になるのですから 両方 面倒みるのは まあ 無理でしょう。

どういうわけがあるのか もうわからないのですが ここのお仏壇には 位牌がたくさん入っていて、むろん、山里の仏壇にも いっぱい入っていて、何十人のご先祖さんが 彼一人に集約してしまったのですね。
もし ご先祖さんが 守ってくれる というのが 本当なら 彼は たぶん百人力 ですなあ。

私のところで できるだけのことはして 彼に重荷にならないようには しておきますが 「俺 そんなのしらねえ」と言われるよりは かなり うれしかったのでした。



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by fuko346 | 2016-06-10 12:48 | おもいつれづれ | Comments(4)

家の印象

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両親の家 玄関
庭の花を摘んで おいてみました。
花、というのは 不思議です ぱっと 家が 生きかえったように感じます。

ふと思うに。
この花瓶は 私の沖縄みやげ ずーっと昔。
木像と象は 新婚旅行のおみやげ これももう 昔。
もの って 記憶を宿しているものだなあ、とか 過ぎてきた あれこれを思います。

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それなりの回数 来ているのは これが 一つの理由。
小さな庭なのに 雑草は 人のいないのをこれ幸いと 生え放題。
4月に 目につくものは 抜いていったけど 来てみれば おお! というくらい また生えています。
木も 剪定してもしても 勢いよく伸びており。
車で来るのは 高枝切りハサミ等 積んでくるから、という理由もあるのです。
庭仕事は一時間もしていると 腰が痛くなってくるので ぼちぼち、と日にちをかけてしています。

なんだかんだと家仕事は たくさんあって でも ひっちゃきになってする のはもう無理なので、来る度に、ちょこちょこ ちょこちょこ。
しかし もの は そう減ったとも思えず。
業者に頼めば一気呵成なのだろうけど 一つ一つ 自分の手で 今の状況に合わせて できる間はしていこうと思うのです。
東京で遊べる、というのも大きな上京の理由ですが この家のものと一緒に 自分の中のものも一緒に 片づけている、のも 必要な作業なのだなあ、と しみじみ 感じるのでありました。



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by fuko346 | 2016-06-03 11:02 | おもいつれづれ | Comments(2)

穏やかに

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クリマスといって ことさら なにかするわけでもないけれど ちょっと気分だけでもとケーキ。
いただきもののワインをあけてみた。
一本 飲みきれないので 自分で買うことはなくて いただいてもなかなか開けられなくて時間がたち、お味はどうかしらん、と不安だったけど 美味しかったのでした。

穏やかな夜。
この穏やかさが この国に続きますように。
そして世界が 「穏やか」に向かいますように。

どうぞ どうぞ、、、、。
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by fuko346 | 2015-12-24 21:24 | おもいつれづれ | Comments(0)

御嶽山

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中央高速からの 御嶽山。
まっ白に雪をまとって 真っ白な噴煙。

行きも帰りも いいお天気で ドライブを楽しみました、と書きたいところですが やはり高速長距離は緊張するので、そうそう景色を見ていられません。
それでも季節によって その見えるところは違うもので 今あたりは2000m超えの山々だけは 白く輝いていてとても目立ちます。
山肌は すっかり裸になった木とまだ色づいた葉が残っているものと 緑の常緑樹が混じっていて それはそれできれい、です。

東京の家はそれなりに まあまあ しばらくは住めますね、という程度になおしてもらい、一安心。
行った来たりがいつまで続くのかは 分かりませんが、こちらの身が持つ内は 続くのでしょう。

10年くらい年前から 「あと 2,3年だな」と言っていた父は 今回 「まあ 95だな」とあと5年と 時期が延びたので あらあ、そうですかあ、と ちょっとおかしくなりました。
両親はめでたく( ほんとはめでたくない、と私は思っておりますが)、90歳を超えです。
母は100歳近くなってしまいますが、そんなこともあるのかもしれません。

二人とも 不思議な境地へと 進んでいっているようです。
できるところまで お付き合い いたしましょう。
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by fuko346 | 2015-12-09 12:00 | おもいつれづれ | Comments(0)