月下逍遥

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カテゴリ:おもいつれづれ( 39 )

本の力

旅ゆく土地を探していて 光徳牧場という名前を目にしました。
辻まことさんの著書にたびたび出てきた場所、いつか行ってみたいと思っていたので、そこに決めました。
行く前に 久しぶりに辻さんの本を読んでみようと 書棚に並んでいる一冊をなにげなく手に取り
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辻 まこと 山と森は私に語った 白日社  昭和55年初版

ページをめくると
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ワタスゲが揺れている 高原の湿原 晩夏の風が吹いてきます

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これは冬 しんと静かな水の匂い

そして巻頭の言葉。

雪の山と森は私に語った。必要なのは情熱と夢ではなく冷静な目覚めだと、愛することではなく憎悪を超えることだと、多弁な歌やマイクフォンの音ではなく沈黙だと、、、。目標を失くし錯雑とした感情を病む私の心は、この凍結した白い永遠に救われる。  辻 まこと

言葉が 身体と心に染みていき、魂の深みへ落ちて行く。
あたりに静かにひたひたと何かが満ちてきて それが私を浸してゆく。

長いこと ささくれ立ち 波打っていたものが 鎮まっていきました。
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by fuko346 | 2012-10-16 11:48 | おもいつれづれ | Comments(4)

せんりょうけい

さて せんりょうけい と聞いて 放射能の線量計だとすぐわかる、というのはかなり異常かつシビアな状態だと思うのですが、、、

土曜日は雨なので外仕事ができないので、うらうらと思いついて車を走らせました。
南部ほど雨が強そうなので、北上 まあ小浜あたりまで。
さてどの道をゆくかと、琵琶湖を渡って途中から花背へ細い道をゆきつつ、したたる緑を満喫。
通りがかりに蕎麦の看板を見て、昼ごろとて寄ってみました。

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花背 花竹庵
古民家を使いなしたお蕎麦と甘味のお店。
あまりにも いかにも なので ちょっと あざといかな、感は否めないのですが、それはそれで楽しんで、お蕎麦も変わった出汁で、それはそれで美味しかったです。
(うむ、我ながらへそ曲がりな書き方だけど、正直に書こ)
設えも、大将が客が見えなくなるまで見送るのも、京都のお料理屋さんだなあ、、としみじみ思ったのです。

かなり山奥なんですが、京都市内から車でそう遠くはないのです。
ここから美山を通り 途切れ途切れに現れる集落は それは美しく、京都だなあとまた しみじみ思うのでした。

峠を越えて福井に入ると、雰囲気が変わるのがわかります。
ふらっとお出かけは 蕎麦と温泉なので、どこか行ったことのない日帰り温泉ということで、訪ねたのがこちらです。

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ここで線量計登場。
温泉も入っている総合的な大飯町の施設の玄関。
(隣には 大きな関電の寮が建っています。)

あみーしゃん大飯
温泉、気持ち良くいただきました。

さて。
折りしも 大飯原発の再稼働が決まった日に 大飯に行くことになってしまいました。
美しい若狭の海を見ながら、 胸に浮かぶ何とも言えない 割り切れない気持ち。

原発がたくさん建っている 福井の海岸は 峠を越えれば滋賀からも京都からも大阪からも至近です。
というより、福島のことを考えれば、日本中の(地球上の、でもありますよね)問題なのに、、、
なんで 問題がきちんとわかりやすく議論されないまま再稼働してしまうの。

安全じゃないことが分かったのに、どうして廃止の方向にいかないの。

何がどうなってるのか、どうして国民にわからないの。
情報はどうして出てこないの。
今、日本中の原発が止まっているけど、、、、ほんとに電気足りないの。
本当は 誰が 原発を必要としてるの。

福島の責任を誰もとっていないのに、「私の責任で」なんてどうして言えるの。
それを誰も公に指摘しないのはなぜ。

消費地のために立地県が 犠牲を払っている、などという情に訴える論旨のすり替えがどこで起きたの。

いきなり全廃が無理なら 最短の時間で廃止の方向への道筋の方法を考えることをなぜ始めないの。

わかないことがあり過ぎて書ききれません。

もし、何かあったら 黙って横目でみていたすべての人に責任があるはずなのに、どうして平穏にわわけがわからず物事が進んでいってしまうのだろう。
そんなことを小さくぶつぶつ言うだけだったら 黙っていろ、といわれれば すいません、とうなだれるしかないけど。

とっても怖い世の中の動き。
その動きの中の 一粒である自分。
なにかしたいけどどうしていいかわからないもどかしさ。


北上したら福井、とわかって行って、行ったら線量計を目の当たりに見て、ずっと思っていたことを書いてみました。
こういうことを書くことが、はばかれられるように感じるのも、とても怖いのでした。
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by fuko346 | 2012-06-17 14:29 | おもいつれづれ | Comments(8)

もしもがんが、、、

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がん体験からはじめた社会活動、のようなものの一環として、国立がんセンターが募集した、「患者・市民パネル」の一期 二期に参加しました。
その関係で、がんセンターからのお知らせがメールや、このような冊子が時折 届きます。

初発からかなり時間がたち、もし、そういうときのこともずいぶんと思いつめ、落とし所を見つけたつもりだったのですが、この冊子が封筒から現れて 再発 の文字を目にしたときに、みぞおちの奥のあたりが ぐりん、と動いたような感覚を持ちました。

いくら考えていたも、そのとき がきたらまた 想いもしなかった物語が始まるのでしょう。

再発 や 死 は、社会でも医療現場でもタブーになっていた時代は長く、そこから起こる不幸もたくさんあったのではないと感じています。
やっと、こういう冊子が医療側から出てきたことは ある意味革命的なこと、と感じます。

たとえ苦しくてもつらくても 向き合わなくてはならないこと、はあるものです。

そしてあったこと、あることは、無かったこと、無いことにすることはできません。

見えないことにすることに成功したとしても、、、それでは大事なことがこぼれおちてしまうように思います。


ブログを引っ越しして、このての話題は書かないようにしようかなあと思っていましたが、どうも、追いかけてくるようです。
ここを見てくださる方はそう多くないけど、そんなちょっとずつでも、何か、伝えることができればいいなあ、と思い返しています。
一年、ぐったり倒れていて、力がちょっと戻ってきたのかもしれません。
常のお遊び備忘録といっしょくたは おかしいようにも思うけど、それもこれも一人の人間の中に同居しているものなのですから。

がんセンターのサイトはこちらです
なお、まだまだ問題は多く、思うような情報 対応は得られないかもしれません。
ただ、それをより良いものにしていくのは、これからの私たちにかかっているのだとも思います。
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by fuko346 | 2012-03-12 13:56 | おもいつれづれ | Comments(4)

海老はめでたい。。。

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まだ東京です。
あれから あれこれあって予定より早くこちらに戻り ずっとおります。

お正月らしい画像が撮れないので、エビ、出してみました。
お正月飾りについているし、、、まあ、いいか。
飾りはイセエビですが、これは てんぷら屋さんのクルマエビ。
それも まあ いいか。

今年は まあ いいか の年になってしまうかしら。
それくらいの気持ちでいないと なかなか厳しい状況は続いています。



とまれ、人の世になにがあろうと地球は回り、人の創った暦は進む。
暦が無ければ月日はのんべんだらりと過ぎて、あれはいつのことだったかとおぼろになるのも必定。
正月を区切りとすることは、なかなかの知恵と感心します。

あえて
あけまして おめでとうございます。

ということで遅くなりましたが、新年のご挨拶をば申し上げます。
昨年中はいろいろとお世話になり、このブログにおいでいただいた皆様にはお礼申し上げます。
どうぞ、ことしもよろしくお願いいたします。

15年ほど前からpcをはじめ  いろいろなツールでつながった皆さんにはいっぱい感謝をしています。
その皆さんがみなここを見てくださっているわけではありませんが、細く 途切れ途切れであったとしても、長く続いていきますことを、、、。


ブログ友の皆さんのところにいく余裕がなくご挨拶を欠いていますが、お許しくださいませ。
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by fuko346 | 2012-01-06 11:11 | おもいつれづれ | Comments(10)

ちょと早めの、、、

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メリークリマス、、、
ほんの気持ちだけですが、真似ごとです。
イブは時間が取れないので。

もう我が家ではツリーもプレゼントもありません。
ほんの少し気分だけの夕食のみ。


先が長くなりそうですし、飛びだしたままの着たきり雀ですし、この時期、お歳暮がどんどん来るので荷物受取。
掃除だって多少はせねば。
そんなこんなで一時帰宅しています。

父の病院 母の病院 父の介護申請、母の介護認定の再認定、母のケアマネさん、父の転院先の相談員さん、そんなこんな面談したり電話したり、送迎したり、走りまわって来年からの予定も決め、万端整えて、帰ってきて、自分のベットで、二週間ぶりにゆっくり眠りました。

ふわ~~~~ ここでのんびりしてはいけません。
この先も、落ち着くところへ落ちつくまでは、大車輪が待っています。

この短い時間で できるだけ充電しようと思っています。
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by fuko346 | 2011-12-22 22:34 | おもいつれづれ | Comments(6)

むさしの

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両親の家の近所
公園にあるイチョウの大木から、落ち葉が散り敷いています。
試しに携帯から送ってみたしたが、大きすぎました。
このあたりはまだ 武蔵野の風情がところどころに残っています。

大雨の降ったという3日に父が仕事にでかけた新宿で階段から足を滑らせて足を折り家の近くの病院へ緊急搬送されました。
昨日、無事に手術が終わり、一息ついたところです。
母は家の中のことはことことできるのですが、外回りや社会的なことはみな父がしていたので一人では暮らせません。
父の足のめどがたったので、母がお世話になっていたケアマネさんと相談して、できる範囲の最上を選んでいきたいと思っています。

10年近く通続いた義父母の介護を経て送って、仕事も区切りをつけて、時間の余裕があるときで良かったなあ、まあ、そろそろ来るなあと感じていはいたので、さてさて第二弾だぞと、ふう、と息を吐くのでした。

こちらの時間が今までよりは長くなるでしょうが、介護にかかりきり、ではなく、東京の時間も楽しむようにしたいと思います。
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by fuko346 | 2011-12-12 19:57 | おもいつれづれ | Comments(10)

あれから

自分のための覚書です、常とはタッチが違いますので飛ばしてくださいませ。



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季節はずれの苺の花。
実りのときを迎えもしないのに、この気候で次々と咲いている。
実るか実らぬのか、にはとんちゃく無く、咲く ことを望んで、それで満足しているよう。

命にかかわる病気になって、今までの自分を思い返したとき、このまま死ねないと思って走りだして、そして世間的には活発に動いていて、活動的といわれ、明るいといわれ、それでも、私にとっての外界は大きな画面のスクリーンに映っている白黒の画像のようで、私自身からは遠いような感覚だ続いて。
そんな中でも死ぬ物狂いというのは火事場の馬鹿力だから、思いもかけないように希望がかなって、それまで考えもしなかった世界が広がり、それはそれで堪能させてもらったと思う。
それで、上出来、とは終わらずに、会うことのないだろうと、すいと分かりあえる(という幻想だったのかもしれないが)、人間に巡り合って、でもそれはその人たちの死に行く時間での邂逅だったから、私は地上に取り残されて、途方に暮れた。

魂がふれた音を聞いた、と感じた人が去ったあとは、こんなに人は嘆くことができるのか、ということを知ることになり、外界はスクリーンの向こうどころではなくなって、まるで自分が冷たい沼の底に沈んでいて、ずいぶんと上のほうに重なる水のそのうえにゆらゆらと揺れて見えるようになってしまった。

生きていると死んでいる、の境に漂っていて、それでも日常をこなす自分が訝しかった。
「関係がうまく作れない」その人の言った言葉が呪詛のようにも、心地よくもこころに残り響く。

無理は続かずに、それまでのことを手放したら、何もなくなった、しん、と何もなくなった。
気力が切れて、ぼんやりと一年近くたってしまった、こんなにぼんやりするとは思わなかったし、動けなくなるとも思わなかった。

何もしなくても生きていけるのだ、そもそも何をなしたかったのか。
おそらく自分への問いの答えはおぼろに出たようにも。
そして問いは生きている限り永遠なのだから。


私は 今 どこに いるのだろう。
この穏やかさは続くのだろうか。
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by fuko346 | 2011-11-30 00:06 | おもいつれづれ | Comments(0)

月と木星

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栗名月の頃。
木星が接近しています。

闇に灯る天空の光。

実際に二つが接近しているわけではなく、地球から見るとそう見える、と。
そんなこと知っていると、興がそがれますね。

空の向こうはどうなっているのかしら。
太陽系の銀河系のそのまた外宇宙になると、頭がついていけません。
宇宙はどこにあるの。
ふくらんでいるって、何がどこを中心にふくらんでいるの。

そのわからない中にぽちっといて空を見上げる。


また、ちょっと気が付きました。
友達のメールにあった ガンバ! という字を見て。

私はもうがんばりたくないのだ、と。
もしくは今までのがんばり方を、間違えていたのだ、と。
いえ、そのやり方を続けられなくなったのだから、別のやり口を見つけないと。
それも必死に探すのではなく、 ゆるゆる ゆるゆる。

何にしても、今ままでがあるから、これからがある。
それで十分。
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by fuko346 | 2011-10-15 15:07 | おもいつれづれ | Comments(2)

上目づかい

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くーっとカメラを近づけたのだから、迷惑千万で なんだ と上目づかいになるのももっともなこと。
このあと、ひゅっと姿が消えました。

台風が去って、いきなり秋が深まり、涼しいを通り越した風が通っていきます。
こういう季節の変わり方に、近年は慣れてしまいました。

テレビの音が聞こえづらいほどのカエルの音も、陰をひそめました。
心なしかほそく聞こえる虫の音だけが、背戸にあります。


話しはころっと変わり。
やっぱり書いておこうと。

過日、東京であった脱原発の集会。
ネットで知っていたので、いつも見ているNHKの7時のニュースで様子を知ろうと思いつつ見ていましたら、最後まで取り上げられず、びっくりしてしまいました。
それどころか、どう考えてもおかしなニュースの選び方。
? ? ?

あんまり驚いたので、メールで問い合わせをしましたら、定型と思われるお返事がきました。

翌日の読売新聞にも取り上げておらず、またまたびっくりしました。

発表された参加人数に差はあるとはいえ、数万人規模の集会は、近年この国ではなかったことです。
もうひとつとっている新聞は一面トップだったのです。
これが自然だと思います。

テレビも新聞も、まったくの公平だとも真実をそのまま伝えているとも思っていません。
医療関係のことで、世の中のちょっと奥を除いてから、その想いは強くなっています。

しかし、大きく取り上げるところと、しらんぷり、という対比がここまで鮮やかで作為的なことが、あからまさだったことがはっきりと見えてしまったことはなく、はじめはびっくりし、そして怒って、今は哀しくなっているのです。

ほんとのことを深く淡々と伝えて欲しい。
報道というのは基本的にそういうもの、と、それを目指している、とそう思うのは幻想でしょうか。

おかしい おかしい 根本的にどこかおかしい、と胸の中がもやもやするのです。
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by fuko346 | 2011-09-22 11:58 | おもいつれづれ | Comments(0)