月下逍遥

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上目づかい

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くーっとカメラを近づけたのだから、迷惑千万で なんだ と上目づかいになるのももっともなこと。
このあと、ひゅっと姿が消えました。

台風が去って、いきなり秋が深まり、涼しいを通り越した風が通っていきます。
こういう季節の変わり方に、近年は慣れてしまいました。

テレビの音が聞こえづらいほどのカエルの音も、陰をひそめました。
心なしかほそく聞こえる虫の音だけが、背戸にあります。


話しはころっと変わり。
やっぱり書いておこうと。

過日、東京であった脱原発の集会。
ネットで知っていたので、いつも見ているNHKの7時のニュースで様子を知ろうと思いつつ見ていましたら、最後まで取り上げられず、びっくりしてしまいました。
それどころか、どう考えてもおかしなニュースの選び方。
? ? ?

あんまり驚いたので、メールで問い合わせをしましたら、定型と思われるお返事がきました。

翌日の読売新聞にも取り上げておらず、またまたびっくりしました。

発表された参加人数に差はあるとはいえ、数万人規模の集会は、近年この国ではなかったことです。
もうひとつとっている新聞は一面トップだったのです。
これが自然だと思います。

テレビも新聞も、まったくの公平だとも真実をそのまま伝えているとも思っていません。
医療関係のことで、世の中のちょっと奥を除いてから、その想いは強くなっています。

しかし、大きく取り上げるところと、しらんぷり、という対比がここまで鮮やかで作為的なことが、あからまさだったことがはっきりと見えてしまったことはなく、はじめはびっくりし、そして怒って、今は哀しくなっているのです。

ほんとのことを深く淡々と伝えて欲しい。
報道というのは基本的にそういうもの、と、それを目指している、とそう思うのは幻想でしょうか。

おかしい おかしい 根本的にどこかおかしい、と胸の中がもやもやするのです。
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# by fuko346 | 2011-09-22 11:58 | おもいつれづれ | Comments(0)

高台寺 観月茶会

9月18日(日)
京は高台寺で、中秋の名月の前後に観月の茶会が開かれます。
この寺では、季節折々の茶会が開かれていて、以前から参加してみたいもの、と思っておりましたので、お声がけをいただいて喜んで行ってきました。

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写真がぶれておりますが、雰囲気なりと。
恒例のライトアップのときよりは照明は少なく、入場者は、前もって茶会へ申し込んでいた人だけですので、静寂を味わうことができます。
ただ、あまりに暗いためか、案内の人について回るので、ゆっくりとその静寂を味わう時間が少なかったことが残念ですが、薄闇の中を各所の説明を聞きながらそぞろ歩くのは、やはり贅沢と申せましょう。

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茶会の様子を写すのははばかられますので、これは縁の設えです。
うさぎさんがかわいいですね。

お手前は表千家、使いたい細水指のために、竹台子の棚が用意してあり、涼やかさを感じました。
お菓子は 虫の音、と題されたもので、虫をどのように表わすのかしら、と興味深々で待っておりましたら、見事に草の陰にうっすらと墨色がにじんでいて、まあお上手、と感心しました。

茶会はその設えに季節と趣旨を盛り込んで、それを五感で楽しむ究極のお遊びと感じています。
存分に味わうためには、修行が必要ですけれど、なんとなくいいなあ、楽しいなあでも十分だと思います。
私は、むろん、いいなあ、この場の雰囲気、の組です。

この茶会には会の後の点心(十分な量でした)、そのあとの石塀小路での喫茶もついていて、京の初秋の一夜を楽しむには、趣あるものだと感じました。
京の旅に組み込むのも、一興かと思います。
(お茶のことを知らなくてもまったくだいじょぶ、です)

ここでの、も少し本格的な茶会にも参加したいもの、と話しながらとっぷりと暮れた東山を後にしました。
昼間の喧騒がうそのような石畳でした。

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京では月を見ることができませんでしたが。
逢坂山を超えた近江は浜大津港の上の月。
琵琶湖の遊覧船がいくつも港に休んでいます、こうこうと明るいのはミシガンです。

この後、ずっと月の光を車に浴びながら山里に帰りつきました。
その山里も、蒼い光に満ちていました。

☆ この日のきもの↓
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# by fuko346 | 2011-09-20 12:31 | お茶会と稽古 | Comments(3)