月下逍遥

fuko346.exblog.jp
ブログトップ

タグ:おもい ( 121 ) タグの人気記事

お茶の時間

a0236300_09175358.jpg
JR山崎駅近くの カフェ で お稽古仲間とお茶。
ランチの時は混んでいる店内も 午後はひっそりして ゆったりとおしゃべりを楽しむことができました。
しばらく 通った お茶のお稽古場、この日が最後になりました。
お休みの人が多く、早めにお稽古が終わったので お茶の時間、です。
いつもは夕方 急いで帰るので こんなお茶の時間は 初めて。
お稽古では 離れても お茶会など ご一緒しましょうと そんな話をしていました。
お稽古場を離れても ご縁は繋げておきたかったので 良い時間となりました。

こちらのお稽古場は ひょんなご縁で 通わせてもらうことになり、佇まいと お道具が 素敵で 先生も ゆったりとしていて とても心地良い場所でした。
こころが 荒れている時も 釜の前に座ると すっと そのひとときだけでも その荒れた波がおさまるように感じたものでした。
でも 車だと高速を行って 一時間ちょっと、電車に乗っていくと一時間半 かかるので、少し疲れていたり、気持ちが沈んで動けなかったろすると、お休みしてしまうことが多く、また 介護状態の中で、一月お休みとか 二月お休み、とかもけっこうあり、結局続けて きっちりお稽古できたことはありませんでした。
一年くらい前から お稽古場が 遠い と 感じるようになり、往復するだけでぐったり、のありさまで、どうしようか、と悩んでいたのでした。

そこにご近所に お稽古場があることを発見。
これもご縁なのだろうと そちらへ通う決心をしました。
決心なんて大げさだけど ずいぶんと 悩んでいたのです。
今更ですが こちでは おやすみを少なくして 一から 学びたいのでした。
同じ流儀ですが 先生が違うと いろんなことが がらっと変わるので、慣れるのにしばらくかかるでしょうが、長く細く 続けたいと思います。
そして それに慣れたら 大鼓のお稽古に 月に二回 京都へ通えればいいなあと 思っています。
京部へは 山道運転付き一時間半、ですが、月に二回なら なんとか まだ行けそうだと思うのです、いけるとこまで でしょうか。
これからは 体力と気力のある限り と そういう 段階に入ったなあと 思うのでした。




[PR]
by fuko346 | 2017-03-14 09:43 | お茶会と稽古 | Comments(2)

おばあさんの桐箪笥

a0236300_10041237.jpg
結婚するとき 叔母が 祖父母の家にあった 桐箪笥を洗いに出して きれいにして 持たせてくれた。
今頃 こんなものが張ってあるのに気が付く。
そう 痛んでいない。 もしかして 洗ったときに この紙も洗って貼りなおしたのだろうか、字がきえているところがある。
今でも このお店はあるのか、と検索してみたら 十一屋ビル というものがあるようだ。

父方の祖父は二度 妻を亡くし 私が会ったことのあるのは三度目の奥さん。(と 聞いている)
それも 子供のときで ほとんど記憶にないけれど 黒っぽいきものを 着ていたように覚えている。
この箪笥は彼女のものだったのだろうか、それとも、、、。
私は 一度目の奥さんによく似ているようだ。 これもだいぶ前だけど 法事のときに 「まあ *子さんにそっくり」と何人もの 親戚の女性たちに言われたことを思い出す。
父は母似 であるそうな。
で、私は 父に似ている。

一代 飛んではいるけれど、まあ 女三代の桐箪笥ということになる。
私の丈の長いきもの 二つ折では 入らないので これは 帯箪笥、として使っている。
まあ そこそこのものが びっしり 入っているわけで。
箪笥は 何思う。
まだまだ どこも痛んでいない 四代でも五代でも使えそうである。

母の桐箪笥もある。
あれも どうんかして こちらへ持ってこられないか、と考えているところ。

私のは こんなきもの狂いになるとは思っていたかったので よくある 上半分が桐の作りになっている箪笥 それもかなり大きなものなのだが、下半分の服を入れるようになっている部分も ぎっしり きもの、になってしまい、洋服は別に 押しのけられている。

母方の祖母も早くに亡くなっているので おばあちゃんとの記憶はほぼ 無い。
そうそう もちろん おじいちゃんとの記憶もほぼ無い。

無くても 私は ここにいる。
しんと 不思議な気持ちになるものである。






[PR]
by fuko346 | 2017-03-07 10:35 | おもいつれづれ | Comments(6)

子供のころから よく見る夢がありました。

どのような状況であれ 一人 取り残されて 哀しくて泣いていて 泣きながら目が覚めるのでした。
そういえば そういう夢を見なくなったのは何時ごろから かしら。
そんなに昔ではないような。

今朝 その類の夢を見ていて でも 状況は変わっていて、取り残されるのではなく そこにいるメンバーに 拒絶され 呆然とし、怒りが湧き上がってきて 、目が覚めてるような覚めていないような状況で 自分が その時に言い放つ言葉を考えているのでした。
たった一人取り残される のではなくて そんな人たちとはこちらから さようなら と決然と思っているのでした。

こういう類の夢は 初めて、のような気がして つらつら、と考えています。
折々、深いところからのメッセージ を夢からもらってきたように感じていますが、今回の夢も そう感じます。

こころの深いところで起こっていることを意識にあげて 自分なりの納得をしないと気が済まないたち なので、これはその行程の一つのきっかけと ありがたく思うことにしましょう。

今日も東京の空は蒼い ですねえ。




[PR]
by fuko346 | 2017-02-19 12:02 | おもいつれづれ | Comments(2)

土筆

a0236300_11432219.jpg
土筆を見つけました。
山里は まだまだ凍てついているであろうに、ここは もう 春、です。
a0236300_11450091.jpg
ここは 武蔵野の面影を残した 広大な都立の公園が近くにあり、それはとても気に入っているのです。
冬木立も なんとなく 枝先がざわめいているよう。

と ゆるゆる散歩をしているわけではなくて、市役所仕事で ぽくぽく歩いているのです。
郊外のこと 車は家人と一緒に帰ってしまったので足は無く そういうときは もう ぽくぽく歩くのでした。
バスを使うと 乗り換えて40分くらいはかかってしまうのですが 歩けば30分。
ええい 銀行行くのも 帰るのも バスを待つのはめんどうだ、と ぐるぐる回って ぽくぽく歩く。
ということで こちらでは とてもよく歩くのでした。
普段 歩いていないので 歩けるときは 意識して 歩くのでした。
ま 歩くの 好きなんです。

ところで 今回の上京の主目的は 母の四十九日と納骨。
そして 父の税金の申告です。(収入はこれしかありませんよ という証明のため)
三年目ですが 毎年 いうこと違うぞ。
それが終了したので 次は 相続にかかろうかとちょいと話を聞いたり書類をもらったりしています。
いやあ 両親のことでは いったいどれだけの書類を書いて ハンコを押したことでしょう。
お相手は官か 半官か 金融機関だったりするのですが 紙 もったいない、、、。
相続については もう相続税なんて ぜ~んぜんかんけいな~いくらいのものに、こんなに書類がいるの?
みなさん こんなこと なさっているのね。
手間がかかるようですが 経験として ぼつぼつ これも一人で完結させましょう。
お仕事は続く。



え、通帳も作らなくてはいけないの?




[PR]
by fuko346 | 2017-02-17 12:06 | おもいつれづれ | Comments(10)

春まち

a0236300_10583445.jpg

冷え込みがきつい日々が続いて サザンカの花がが凍ったまま 枝にへばりついて 見方によっては無残な姿になっています。
こんな色の花は そうそう無いので これはこれで 面白い、ともいえます。
a0236300_111473.jpg

シャクナゲは強いので そんな寒さにめげず 蕾が膨らんでいます。

常に頭の中で うにうに うにうに 切れ切れの言葉と思考が 水面から浮かんでは消えるような 習いになっているのですが、それらは はっと気づいたときに ほとんど批判と非難でした。
小さい怖い顔をした私が 頭の 後ろすこし上あたりに 浮かんでいて その子が 見張っているのでした。
その子が 浮かぶたびに ええいと そのときにある力の限りに 蹴飛ばして うるさい、と消す作業を 長いことしていますが、まあ 完全に消えるわけでもありません。
とはいえ かなり成功はしています。
ですが その子のかわりを 作りあげなくてはならず けっこうな 仕事、です。
それに その怖い顔の子は 強い客観視と冷静を私にもたらしてくれるので それで助かったいてこともあるのでした。

この頃 えいと 蹴飛ばす作業ではなく その子が にっこりほほ笑んだ子になってほしいと思うようになりました。
どこまでできるか それが 私のこれからのお仕事 なのかもしれません。

この二つの写真を見ていて ふと 凍りついた花に以前の私を見、できれば 寒さをものともせずに膨らんでいく蕾に これからを託したいと感じたのでした。

今朝 うっすらと白く また降っていた雪は 強い日差しに 溶けて行っています。
春は近付いているようです。



[PR]
by fuko346 | 2017-02-02 11:21 | 山里便り | Comments(0)

蒼と白

あけて晴天。
a0236300_2252385.jpg

夜の間にまた 積もって、こっぽっりと白。
a0236300_2255950.jpg

おタヌキは 胸近くまで埋もれていました。
ここまで積もるのは数年に一度ではないでしょうか。
a0236300_227833.jpg

あまりに気持ちがいいので 長靴をはいて さっくさっくと 一回り歩いてみました。
美しいこと。
そして 冷たく透き通った 清浄な空気。

暖かい陽の光を浴びながら この美しさと この美味しい空気を胸一杯に吸い込むことのできることの 幸せを思います。

この世界に愛されている と 感じることのできる 一瞬の時。



[PR]
by fuko346 | 2017-01-16 22:12 | 山里便り | Comments(6)

本日は雪降り

今日はこの冬一番の寒気 積雪に注意、ということでしたが
a0236300_16545774.jpg

朝 9時のおタヌキ。
a0236300_16553171.jpg

午後 4時のおタヌキ。
a0236300_16561257.jpg

物干し竿に つらら。

けっこうな積雪になりました。

上京して 母の部屋で一晩付き合った あと 風邪を引き込み、葬儀やあれやこれも熱に浮かされつつ なんとかこなし、帰宅して 昨日まで 寝込んでおりました。
ここまで 長く寝込んだのは たぶん 人生で初めてかもしれません。
復活 いたしました。


この先は聞くに楽しいお話ではなく わかりにくいので スル―してくださいまし。
奇麗事を書いても無意味なので そこそこ 今の気分をとどめておきましょう。


うちは かなり変成家族でありまして、常に緊張を伴い その中の調整役は私でありまして、物心ついたときから 母を背負って よろよろ歩いていたように感じます。
その母は強烈な御方でありまして自分の価値観以外の価値観がある、という精神回路が無いのでした。
父はといいますと お気楽というか 好き勝手というか 子供というか 危険人物というか、常になにかやらかすので 身構えておかねばなりません。
子供のころから生きにくく たぶん 小学生の一二年頃 初めてお友達の家に遊びに行って その暖かさにびっくりした記憶があります。
私は 穏やか というものを知りませんでした。
tvドラマでも こういうことは 映せないでしょうという話はたんと ありまして、まあ、書けませんわなあ。
生きることが苦しいのは なぜと 突き詰めたのは がん になったときで もう時間が無いのなら このまま死ぬのは厭だ、と 魂の叫びが聞こえたのでした。
突き詰めて ああそういうことか、とは 思いましたが 結局のところ できるところまで 私の仕事ととして 最後まで できることをしようと 思ったのでした。
思いましたが 母も父もここまで長生きするとは 思っておらず、さらに 認知症やらなんやら さらに手がかかることになるとも 思いませんでした。
もう だめだ~~~ といことも 何度かあり もしかして 私は先に母にくい殺されるのではないか なんて思ったこともありました。
しかし 最後まで まあ 向こうはご不満でしょうが、 良い子を できる以上のことをした、と 自分では思っています。

じつは 12月の半ばに 東京から持って帰ってきた 母が栽培していたジャコバサボテンの花が初めて咲きそうになり蕾が大きく膨らんだのを見 あれ もしかして、とこころに浮かんだすぐあとに 医師から 段階が少し進みました、と話を聞きました。
まだ元気であり 美味しそうにアイスクリームを食べていたのですが、なんだか今までの毒気というか強気というかそういうものが抜けて 初めて おまえにだけ世話になったね ありがとう と何度も言うので 気持ち悪く思いつつも あれ あれ もしかして、、、と感じていました。
そして その半月後 思ったよりも あっけなく 静かに逝ってしまいました。

亡くなる三日前にかけつけて 一晩 ほとんど寝ずに 母を見ていまいた。
看とりの部屋で二人きり。
はあ はあ と息はせわしなかったけど 苦しそうではなく 話しかけると うなずいたり 手を振ったりしていました。
額に時々手を当てると すこうし熱くなったり 冷たくなったりを繰り返していました。
その はあ はあ という母の息を聞きながら 初めて 母と穏やかな時間を過ごしました。
なんだか 母に はじめて 包まれているような気がしました。
返事はなかったけど おかあさん と 初めて 穏やかに呼びかけることができました。
苦しかったけど できる以上のことをしてきて 良かった と思いました。
たぶん この母にしてこの子の強さが 私にあったのでしょう。
死はすべてを浄化してしまうのかもしれません。
興味深い 人生であります。 

あなたの子供に生まれるのは もう いやですが やはり私からの最後の言葉は ありがとう、なのでした。
母には母の言い分があり 愛おしいと 思えるようになりました。
そんな気持ちになるとは 考えていませんでした。
不思議です。

悔い無し。



[PR]
by fuko346 | 2017-01-15 17:55 | 山里便り | Comments(2)

寒中お見舞い 申し上げます

a0236300_10502955.jpg

山里へ 戻ってきましたら めだか鉢になっている 火鉢に 暑い氷が張っていました。
冷えますね。

あれから あわただしいことになり 母の葬儀を終え 帰宅しました。
あれやら これやら こころに ふつふつと浮かぶことはたくさんですが 少しずつ 消化していこうと思います。

本人としては 94という高齢 もう 穏やかに老衰、でありましたので 長いこと ご苦労さんでした、に尽きます。
なんとく なんとなく そろそろかな、という気がしていたので ほう わかるものなのだなあ、と不思議に感じています。

こちらをご覧になっていて 賀状をいただいている方には 申し訳ありませんが こちらのご挨拶に代えさせていただきます。

今年も よろしく お付き合いくださいませ。



[PR]
by fuko346 | 2017-01-08 11:00 | 山里便り | Comments(6)

暮れの雪

a0236300_10295222.jpg

雪化粧の朝。
気温が そう低くないので どんどん 溶けていっています。

a0236300_10314312.jpg

もち米。
家族五人分と 東京の両親へ持っていく分と どっさりと作っていたころに比べ、餅つきもちょっぴりになりました。
それでも 餅つき機で作るとはいえ ころころ丸めて作るのは お正月がくるのだなあ、という時間ができていいものです。
おもえば しばらく前までは 暮れにはこれはしなくては と ばったばったしていたものですが、それが子がでてゆき 義父母がなくなり 両親が老人施設に入ってからは どんどん仕事が減っていって、楽ではありますが、そういう時代は 過ぎたのだ、という感慨もあります。
または できなくなっている、ということにも なります。
または 仕事をしながら あそこまで しなくても 良かったのだ、と振り返って思います。

今年はお正月を祝えるのかな、という不安事項もあって こころが落ち着かず、まあ 暮れ仕事はほとんどしていません。
それでも お餅を作って 神様へ年送り の灯を灯すことが今年もできそうです。
最低限の暮れ仕事をして また ゆるゆると 東へ向かうことになりそうです。
今年もあと 三日なんですね。



[PR]
by fuko346 | 2016-12-28 10:49 | 山里便り | Comments(0)

さざんか 三種

12月1日 になりました。
あらら 師走でございますね。

庭のいろどりに サザンカ 三種 咲いています。
a0236300_11301456.jpg

a0236300_11304593.jpg

a0236300_11311380.jpg

あなたたち きれいねえ と声をかけながら 見ています。
玄関に飾る花は しばらく この子たちで 間に合わせ そのうちに 椿の咲くのを待ちましょう。

さて 今年もわずかになってしまって 来年の干支のことなど 話題になっているけれど。
この穏やかさはなんでしょう。
来週には東京へいって あれこれして 帰ってきて その間に 最低の掃除と 正月迎えの準備をして、けっこうお友達と会う予定もあり、ささーーーと 過ぎていくことでしょう。
それで よし。

時も ねばならぬ も 手放し過ぎて ぼんやりし過ぎ かもしれないけれど。
目を吊り上げて 走ってきた これまでの時間を 愛しみつつ、これからは のどかに いくことが 望みです。

こういう自分があること に 驚きを感じつつ 喜んでいるのでありました。



[PR]
by fuko346 | 2016-12-01 11:44 | 山里便り | Comments(6)