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月下逍遥

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なぜか山口県(2)防府から壇ノ浦をへて 俵山温泉へ

朝8時に 防府を目指して出発。
家人の一番の目的は そこに住む 先輩に会いに行くことでした。
見学は道の駅でもらったパンフレットで目についた こちら。
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毛利家庭園 毛利博物館 (重文)
明治になって作られた毛利の殿様のお屋敷。
防府の町と海を睥睨。
もう 庭園とかなんとかではなくて 御殿 でありました。
これは 明治期に作られた こういうお殿様 華族のお屋敷をみて いつも感じるのですが、江戸から明治へ その明治政府の資金はいったいどのくらいあったのか。
どこから出てきたのか。
そんなことがわかる本でもないかしら。

先輩のおうちでお昼ごはんをごちそうになり、さて次は下関へ。
いつかは行ってみたかった壇ノ浦。
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安徳天皇をまつり 平家の公達の墓があり 耳なし芳一の庵もある 赤間神宮を参拝したあと、しみじみ 海を眺めます。
向こうは九州。
こんなに狭い海峡だったのですね。
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ここで最後の源平合戦 平家方は海へ散る。
今は たぷたぷ 波が打ち寄せ 大きなタンカーが行きかっています。
ここから京都って歩いたら とっても遠いです、船に乗っても遠いです。
流れ流れてきたときも 戦の後 囚われた人は 連れ帰られたときも どんな思いだったでしょう。
現地を実際に見て感じるって 大事なことですね。

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宿への途中 これも地図で目についた 福徳稲荷神社へ。
美しい日暮れ時。

今夜は西の名湯 俵山温泉です。
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江戸時代から変わっていないという クラシックな旅館の立ち並ぶ温泉街。
大きな旅館が多く 20数件あるそうですが、内湯はなく 二つある外湯へ 入ることになります。
つまり 江戸時代からの 湯治場がそのまま 残っていることになります。
今は静かですが、これだけの宿があるということは 最盛期はいかほどのにぎわいだったのかと感じさせます。
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泊まりは 泉屋さん。
いったい何部屋あるのでしょう 見えているほうは泊まりには使わず お食事の部屋になっています。
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せっかくなにでふくコース。鍋もつきます、お腹いっぱい、、、ごちそうさま。
もう フクは当分 いりません、なぞと罰当たりなことを言ってみる。

俵山温泉
山口県長門市俵山
白猿の湯 
町の湯
アルカリ性単純泉 かけ流し 加熱一部循環
もう これがぬる湯で まったりとして 実に気持ちのいいお湯で お肌すべすべ、です。
単純泉といっても かすかなゆで卵臭がありph9.8もあるという 濃いお湯でした。
とくに 町の湯 一号泉が 秀逸でありました。
源泉が違うようです。
まんぞく~~~。






by fuko346 | 2019-03-25 11:51 | 山と温泉と旅 | Comments(6)
Commented by タムラ at 2019-03-25 13:22 x
あ、連続投稿すみません。
毛利博物館って毛利家の資産が財源になったのではないのかしら?今は知りませんが、県内にはいろいろと豊富な資金源を物語るような建築物や企業がありました。赤間神宮にも行かれたのですね。両親の結婚式場です。塗り直す前は今ほど派手ではなかったようです。
関門海峡は近いです。人道トンネルで歩いて渡るのは伯父夫婦の晩ご飯後のお散歩ルートになってるくらい。近いけど細い分、流れが急で、船にとっては難所のようです。
俵山温泉に行かれたなら瓦そばも召し上がったでしょうか?観光向けのレストランでいただくのとは別物ですが、混んでることが多いのが難点です。長々とすみません。
Commented by fuko346 at 2019-03-26 11:13
> タムラさん
赤間神宮で結婚式ですか、それはそれは。
美しいところでした。
関門海峡が歩いて渡れるのは知っていたのですが、実感として(?)だったんです。
目で見て納得、です。

俵山のお湯は 素晴らしかったです。
何日もいたかったなあ、あ、瓦そばは食べていません。
あちこちでお店はみかけましたが そんなに美味しいの?
Commented by team-osubachi2 at 2019-03-27 08:35
良いですねえ、良い車旅、読んでると私もまた行きたくなりました。毛利さんの旧御屋敷へは珍しく取材で伺い、お殿様の雑煮や食べたものなど、お女中らの日記を見せて貰ったりして。当時の若様がちょうど三条家のお姫様とご結婚なさったばかりで、庶民には無縁の世界が今も連綿と続いているのを感じました。(あれからだいぶ経つので、いまは代替わりされてご当主になられてるのかも知れません)
壇ノ浦と赤間神社は、歴史と合戦好きの仲間と回りました。そういえば、その旅でたたら製鉄の郷を訪ね、湯乃上館に泊まったことも懐かしく、また行ってみたい方面です。風子さんところから案外すぐに行けるのですね〜、いいなあ〜♪
Commented by fuko346 at 2019-03-27 22:18
> team-osubachi2さん
お女中の日記! そんなものだあるのですね。
かわったようで かわっていなくて めんめんと 歴史は続いている、、、
って ことが垣間見えること ありますよね。

奥出雲にいらしたときは こちらも、だったのですね。
こっち方面 地理的に飲みこめてなくて あれ、たたら、、、奥出雲と繋がっている、
あれ、お近くなんだ、とか 行ってみてわかりました。
すぐ、といっても高速飛ばして一日がかり、、、遠いです~。
Commented by タムラ at 2019-03-28 13:35 x
何度も失礼します。瓦そば、混んでる店といっても東京みたいなことはないので、早めに行ったことはしますが、並ぶくらいならやめるかも…
修学旅行の時 (奈良だったので自分の地元に修学旅行になった;)、いかにも修学旅行生向けの店でいい加減なものを出されて、「瓦そばってこういうものなんだ」と同級生に思われたのが悔しかったのでした。
Commented by fuko346 at 2019-03-28 22:39
> タムラさん
ん 山口から奈良で そして東京で移られたの?
地元に修学旅行って 微妙ですねえ。。。